仏教の年間行事 ❷(7月〜12月)

目次

年間行事

法会

四万六千日(しまんろくせんにち)

・期日 7月10日

観世音菩薩の縁日のことで、このお参りすれば四万六千日お参りしたのと同じ功徳があるとされています。江戸時代中期から始まった風習で、観世音菩薩を祀る各地の寺院で縁日がもたれるようになりました。

特に有名なのが東京・浅草寺の縁日、7月9日、10日の両日行われ、境内にたつ「ほおずき市」でも知られています。「お茶湯功徳日」ともいって、観音に献じたお茶をいただいたりする参拝者で賑わっています。このほかには、京都の清水寺「千日詣」や大阪の四天王寺の縁日がよく知られています。

「清水寺」

六道参り(ろくどうまいり)

・期日 8月8日〜10日

8月8日からの3日間(元々は旧暦7月9日、10日)、京都東山の六道珍皇寺にお参りすることを「六道参り」といいます。盂蘭盆会の精霊迎えの参詣で、京都のお盆行事はこの「六道参り」からはじまりました。

六道珍皇寺は古くから名高い鳥辺山墓地の下方にあり、このあたりが「六道の辻」といわれて冥途への別れ道と考えられていたことから、お盆に冥途から帰ってくる祖先の霊は必ずここを通るとされ、精霊の迎えのためにお参りしています。

施餓鬼会(せがきえ)

・期日 お盆の頃

施餓鬼会の起こりは、お釈迦さまの十大弟子の一人、阿難尊者が、ある夜瞑想している所に恐ろしい姿をした餓鬼が現れ、「お前の命はあと3日だ。3日後には餓鬼の世界に引き入れる」と告げました。尊者は早速お釈迦さまに餓鬼に施しをする作法を授かり、食物を供え、ご真言を唱えて回向した所、たいそう長生きをしたということです。

この機縁により、施餓鬼会は、春秋の彼岸、お盆と共に、大切な行事となりました。施餓鬼会は、お盆の前後に行われることが多く、「盂蘭盆施餓鬼」としての慣わしが広まっていますが、期日が決まっているわけではありません。他の月に行うお寺もあります。

私たちは、知らず知らずのうちに殺生をして毎日を過ごしています。例えば食事をいただくとき、肉や魚などの命をいただいて、つつがなく生きていくことが出来るのです。このことに感謝し、餓鬼にほどこす善根功徳によって三界萬霊(この世のあるゆる精霊)や無縁仏への回向とし、この供養が巡って先祖に届くのです。私たちは日々の暮らしの中で、このような施しの心を持ち続けるように心がけましょう。

六斎念仏(ろくさいねんぶつ)

・期日 8月中

六斎念仏は、空也上人が始祖とされる「踊念仏(おどりねんぶつ)」の一種で、元々六斎日(月の8・14・15・23・29・30日)に行われました。死霊や怨念の鎮魂を目的として、鉦を打ち、経分に節をつけて唱えながら踊ったもので、のちに笛や太鼓も加わり、特定の地でお盆行事として行われるようになりました。

京都の空也堂(極楽院光勝寺)、吉祥院天満宮、壬生寺、円覚寺、西方寺、引接寺などで8月中に行われる念仏踊りが「六斎念仏」として知られています。

「空也上人」

達磨忌(だるまき)

・期日 10月5日

「ダルマさん」と親しまれる達磨大師は、インドの人で、西暦520年頃中国の魏に渡って禅を教え、崇山の少林寺で面壁坐禅を9年続けたといいます。また、中国禅の初祖とされています。この達磨の忌日とされている10月5日に、禅宗各派は法要を営み、これを「達磨忌」または「初祖忌」「少林気」などと呼んでいます。法会では、達磨の像を掲げ、供物を供えて、「大悲咒」「楞厳咒(りょうごんしゅ)」を唱えています。また、曹洞宗では「達磨講式」、臨済宗では「百丈清規(ひゃくじょうしんぎ)」で法会が営まれています。

「達磨大師」

御会式(おえしき)

・期日 10月12日〜13日

日蓮宗で宗祖 日蓮の忌日に行う法会で、「御明講」「御影供」ともいいます。「会式」は元々仏教各宗の読経、説法の集まりのことで、法会と同義に用いられますが、現在では「御会式」といえば日蓮の忌日の法会を指すことになっています。10月12日〜13日の両日、日蓮宗の各寺院では報恩の法会が営まれます。

逮夜にあたる12日の夜は、万灯行列が出て、多くの参拝者が詰めかけます。

東京、池上の本門寺、堀ノ内の妙法寺、総本山の身延山久遠寺の法会が有名です。また、信徒の家でも、日蓮像を安置し、盛りものを備えたりして宗祖の供養をしています。

「日蓮」

十夜法要(じゅうやほうよう)

・期日 10月または11月

浄土宗の寺院で、10月または11月15日の夜、現代では三昼夜前後に渡って行われる念仏会を「十夜法要」あるいは「十夜念仏」といいます。略して、「十夜」「お十夜」とも呼ばれています。

室町時代中期に鎌倉の光明寺ではじめられ、各地で行われるようになった。京都の真如堂(真正極楽寺)の十夜法要は、俗に「蛸十夜」の名で知られていて、門前で売る蛸を食べると、一年間厄病を免れるというご利益があります。

報恩講(ほうおんこう)

期日 大谷派 11月22日〜28日 本願寺派・高田派 1月9日〜16日

「報恩講」とは、もともと仏教寺院で祖師への報恩(教えに対して感謝すること)のために行われる法会を言いますが、浄土真宗の開祖・親鸞の忌日に営まれる法会として知られています。「御七夜」「御正忌」「御講」「御霜月」とも呼ばれています。

浄土真宗では最も重要な法会とされ、親鸞の忌日、旧暦11月28日を期して、八日七夜にわたって盛大に行われます。

期日は各派によって違いますが、毎日、晨朝法要、日中法要、逮夜法要が営まれ、お説教の場も設けられます。

成道会(じょうどうえ) 

・期日 12月8日

お釈迦さまは、29歳で悟りを求めて出家し、6年間に亘る難行苦行を行いました。その結果、お釈迦さまは命を落とす寸前まで痩せ衰えてしまいました。苦行では悟りを得ることが出来ないことを知ったお釈迦さまは、尼連禅河で沐浴をした後、村の娘スジャータの作った乳粥で命を救われます。そして菩提樹の下に座り、悟りを開くまではこの座を立たないことを誓い、数日を経てついに悟りを開かれたのです。

時に12月8日、お釈迦さま35歳のときでした。悟りを得ることを成道と呼び、また、真理に目覚めた人を、ブッダ(仏陀)といいます。

成道会は、お釈迦さまがお悟りを開かれたことをお祝いして、12月8日に行われる法会です。お釈迦さまの行いをたたえ、深く自己を見つめる日々を過ごし、その教えを学び実践に努力いたしましょう。

「悟りを開かれたお釈迦さま」

陀羅尼会(だらにえ)

・期日 12月12日

真言宗中興の祖・興教大師さまは、康治2年(1143)12月12日に御入寂されました。その祥月命日に報恩感謝のために修するのが、陀羅尼会法要です。

この法要は興教大師さまの教えに感謝するため、「議論」をおつとめした後、「仏頂尊勝陀羅尼」を読誦するところから、陀羅尼会といいます。

「論議」とは、問答によって教義を明らかにする法要で、僧侶の試験にあたるものとされています。その起源は平安時代の初め、興福寺の維摩会にさかのぼることが出来ます。また、地域によっては、収穫した穀物を、仏さまやご先祖さまに供えて、報恩を念ずる事から、「報恩講」と呼び、万物供養の行事としても盛んに行われています。

その他の年中行事

初詣で(はつもうで)

・期日 1月1日〜7日

一般的に、除夜の鐘が鳴り終わってから、松の内(1月7日まで)に寺社にお参りすることを初詣でといわれています。

大晦日の晩、鐘の音とともにくりだした老若男女・善男善女が、寺や神社に詰めかけます。

お参りの人々は賽銭を投げて、新年の祝い、一年の無事を祈ります。

寺社ではお守りやお礼を授けたり、祈祷や祈願などが行われています。

節分(せつぶん)

・期日 立春の前日

「節分」とは、もともと「季節が変わるとき」という意味で、立春、立夏、立秋、立冬のすべてを指していました。今では、立春の前日だけを指し、全国各地で厄払いの行事が行われています。

家庭では、戸口に鬼の嫌う鰯の頭やにんにくなどの臭気のあるものを添えた柊の小枝を挿したり、「福は内、鬼は外」と唱えながら豆をまいたりして、悪鬼悪霊を追い払う風習があります。

除夜(じょや)

・期日 12月31日

除夜とは、旧年を除く夜の事から名付けられ、12月31日の大晦日の夜のことで、「年越し」とも呼んでいます。

一年の最後の晩に、過ぎ去った1年を反省し、新年を迎えての幸福を願って行う法要です。

昔、除夜の行事は、先祖を祀り、家族が1年間無事に過ごせたことに対し、感謝の宴を開いたことにはじまると言われています。この夜に追儺(節分の豆まき)の行事も一緒に行われていたということです。

除夜の鐘は、人間の持つ百八煩悩を除いて、清浄な新春を迎えるため、その数だけ打ち鳴らすとされています。鐘の打ち方は、107回までは旧年中に、残りの1回を新年に撞くなど、さまざまな方法があります。この夜は一般に新年を迎える準備に忙しく、「年を守る」と言って眠らない風習があり、早く寝ると年をとるといわれていました。「年越しそば」は、そばのように細く長く生きることを願ったものです。

まとめ

坊主

仏教の年間行事と言っても、四季によってさまざまだったね

仏教と関わりがある行事がたくさんあって勉強になった

坊主

ぜひ皆さんも、紹介した行事に足を運んでみてくださいね!

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次